GLORY BEYOND DREAMS 中野 玄さん インタビュー

インタビュー | 2025.2.26 Wed

実況で大切なのは、スポーツを楽しむこと

実況アナウンサー、ナレーター、そしてフィジーカーとしても活躍する中野玄さん。

もともとは声優を志していたが、スポーツ好きが高じて実況の道へ。
現場ではどんなことを考え、どのように競技を伝えているのか?
実況アナウンサーに求められるものとは? そして、どうすればなれるのか?

スポーツの魅力を間近で届ける中野さんに、アナウンサーという仕事の本質を伺いました。

中野 玄(なかの げん)

生年月日:1990年3月10日
出身地:大阪府交野市
所属:有限会社 ボイスオン

経歴:
大阪芸術大学・放送学科でアナウンスについて学び、ナレーターとしての活動を経てカナダへ語学留学。帰国後にスポーツ実況の世界へ進む。

現在、WOWOW「エキサイトマッチ~世界プロボクシング」、GAORA SPORTS「プロ野球中継~ファーム~(ファイターズ)」、J SPORTS「ラグビー中継(ジャパンラグビーリーグワン、高校、大学など)」、BS11「WEEKLY ワールドサッカー Supported by U-NEXT」など、多岐にわたるスポーツ中継の実況やナレーションを担当。
また、ボディコンテストでフィジーカーとしても活動し、「マッスルゲート2023神戸大会」メンズフィジーク新人の部176cm超級優勝、「マッスルゲート2024埼玉大会」一般の部同級優勝などの実績を持つ。

井上尚弥 選手へのインタビューは
実況以上に緊張する

ー本日は、実況アナウンサー、ナレーター、そしてフィジーカーとしてご活躍されている中野玄さんにお話を伺います。最近では、2025年1月24日に開催された井上尚弥 選手の試合後インタビューも担当されていましたね。大きな注目を集めるビッグイベントでしたが、どのような心構えで臨まれたのでしょうか?

中野)私は性格的に緊張しやすいので、正直プレッシャーを感じることはあります。初めて実況を担当させていただいたのは、顔出しもなく、ある海外ボクシング興行のアンダーカードの1試合だけだったのですが、当時はものすごいプレッシャーを感じていました。振り返ってみても、正直何が良かったのか悪かったのかすら判断できない状態でしたね。

後から番組を見た先輩アナウンサーに、『ここはこうだったから、こうしたほうがいいよ』とアドバイスをいただいたり、経験を積むことで少しずつ精神的に余裕が出てきて、質を上げられていると自信を持てるようになりました。

何度か井上尚弥 選手の試合ではインタビュアーをさせていただいていますが、実況以上に緊張します。全てのボクシングファンが見つめているというプレッシャーに加えて、『ミスなくやり遂げなきゃいけない』という責任感もあります。

ーとても緊張感のあるインタビューだったかと思いますが、質問は事前にある程度決めていくものなのでしょうか? それとも、試合中に決めていくことが多いのでしょうか?

中野)そうですね。それこそ、インタビュアーを初めて担当させていただいたときは、目の前の試合よりも質問を考えることに必死で、試合自体に集中できていませんでした。そのせいで要所を見逃してしまい、本当に恥ずかしい話ですが、ノックダウンのシーンを見られなかったこともあって……。そのときに、『これは良くないな』と反省しました。

それ以来、試合中に質問はあまり考えず、何ラウンドで何があったかだけを簡潔にメモしながら、しっかり試合を見るようにしています。

インタビュアーは、実況以上に緊張すると語る

ーインタビューでは、相手の返答次第で事前に聞きたかったことを十分に聞けない場合もあるかと思います。決められた時間がある中で、どのように話を組み立てていくのでしょうか?

中野)インタビューでは、事前にだいたいの質問数や時間が決まっています。私は最後の質問で、ファンへの一言や今後の目標を聞くことが多いのですが、それをいきなり振るのは会話の流れとして不自然だと感じることがあります。

そんなときは、運営側から『早めてほしい』という指示があったとしても、必ずワンクッションとなる質問を1つ入れるようにしています。そうすることで、最後の言葉をきれいにまとめられるよう意識しています。

声優を目指した中で、実況へと導かれた道

ー準備と臨機応変な対応、どちらも求められるお仕事ですね。現在は実況アナウンサーとして実績を積まれていますが、この道を目指したきっかけを教えてください。

中野)高校生の時の、声優になりたいという気持ちが声の仕事の原点です。高校卒業後に声優の養成所に進みたいという気持ちもありましたが、両親に説得されました。そこで大学でも声の仕事について学べるところはないかと色々調べた結果、大阪芸術大学には放送学科があり、アナウンスについて勉強ができることを知り、進学を決めました。

ただ、声優への思いは変わらず持ち続けていたので、大学卒業後に上京し、改めて声優の養成所に通い、その後ナレーターとして活動を始めました。その後、英語を学びたいという思いからワーキングホリデーでカナダへ行き、一度ナレーターの仕事から離れましたが、帰国後に今後の仕事を考えた際、『声の仕事は続けたい』『スポーツが好き』という思いを踏まえ、これらを活かせるスポーツ実況アナウンサーに挑戦しました。カナダで『スポーツ・音楽・芸術は世界共通言語』と認識したことも理由の一つかもしれません。

ー実況アナウンサーというのは、スポーツが好きだからこそチャレンジしてみようと思った仕事なんですね。

中野)そうですね。もともと、父が中学校の体育の先生で、さらに父自身もラグビーをしていたので、スポーツは小さい頃からとても身近にありました。私自身も体育の授業やスポーツは好きでした。一方で体力がなく、練習は辛いと感じることが多かったですけどね。

スポーツが好きだからこそ、この世界に飛び込んだ

ー素朴な疑問なのですが実況アナウンサーってどうやってなるものなんですか?

中野)履歴書は何社か、スポーツ実況の事務所に送ったことがあります。デモテープというよりは、ボイスサンプルのようなものを送った記憶があります。私の場合はその後、面接だけで特にテストはなかったですね(笑)

アナウンサーの多くは、テレビ局に在籍しているいわゆる局アナウンサーだと思いますが、フリーアナウンサーももちろん存在します。芸能事務所とほとんど同じような立場のことが多いです。新卒の方々は、まず局アナを目指してアナウンサーになることが一般的だと思います。

実況で大切なのは、競技ごとのポイントを把握すること

ー最初に実況アナウンサーとしてチャレンジされ、何が一番難しいと感じましたか?

中野)一番難しいのは、その競技で何がポイントなのかを把握することですね。もちろん試合の状況によって異なりますが、ここで重要なのはこれだ!という点を理解するのが難しいです。その競技の経験がないと分からないことが多いですが、すべての競技を経験することは不可能です。例えば、私は野球の経験はありますが、ラグビーや格闘技はやったことがありません。それでも、ラグビーや総合格闘技のルールや重要なポイントを理解して、どこで盛り上げるべきかを掴まなければならないのが一番難しいと感じます。実況する際、選手の名前を間違えたりするのはもちろん良くないですが、それ以上にその競技自体を十分に把握していないことの方が、より問題だと思っています。

ー中野さんは幅広く様々なスポーツの試合を実況されていますが、ご自身のスタイルとしてどんなことを意識されていますか?

中野)アナウンサーとしては基本的なことかもしれませんが、それぞれのスポーツには専門用語があるので、なるべくわからない方にも理解しやすく実況、または解説者と会話することを意識していますね。自分がわからないことはもちろん、自分が知っているようなことでも、あえて解説者に聞いたりします。もちろんPPVなどのディープな視聴者に向けた放送などではその限りではありませんが。

競技を知ることが実況の鍵になると語る

ーお仕事されるまであまり触れてこなかったスポーツを実況をすることで、何か新しい発見はありましたか?

中野)この仕事をする前はサッカーが好きでしたが、実況アナウンサーとしての責任が芽生え、ファンとして見るのと、仕事として見るのは違うと感じるようになりました。好きな競技を一つに絞るのは難しいですが、特に新たに好きになったのは総合格闘技(MMA)です。これまではあまりMMAを観ることがなかったのですが、実際にこの仕事を通じて『なるほど、こういうことか』と気づくことが多く、『この選手が強いんだ、この団体がすごいんだ』と新たな発見がたくさんありました。競技の理解が深まるにつれて、観戦や実況が楽しくなりました。

ースポーツ中継には実況だけでなく、解説者がいらっしゃることが大半だと思いますが、解説者との掛け合いで気を付けていることはありますか?

中野)この仕事を始める際、先輩方から『相手の話をいかに引き出すかを意識しろ』と言われました。事象についてわかっているからといって自分が話したくなっても、解説者の言葉で聞いた方が説得力も増しますし、そこで起こった会話から新たな知識を得ることもあります。また、初めてお会いする解説者の方もいらっしゃるので、その方の人柄を把握し、どういった言葉をかけると、どう返してくれるかという予測を立てることが重要だと思います。そうすることで、よりスムーズに掛け合いが進み、番組も良くなると感じています。

フィットネスのおかげで選手の
筋肉の付き方について語れるように

ー昨今のスポーツ実況では、実況と解説のコンビにファンが付くことも多いですよね。話は変わりますが、現在アナウンサーとナレーターとして活動される一方で、フィジークの大会にも出場されていると伺っています。トレーニングは昔からされていたのでしょうか?

中野)トレーニング自体は、ジムでアルバイトを始めたのがきっかけで、約8年から9年ぐらい前からしています。競技として大会に出始めたのは一昨年からで、去年の3月にはマッスルゲート埼玉大会の一般の部で優勝しました。その時は申込から開催までの日数を勘違いしてしまい、減量スケジュールに余裕がなくて大変でした。まだ大会には3回しか出場していないので、自分のベストコンディションを作り上げる方法は確立できていませんが、とにかく前回よりも良くしようと意識して取り組んでいます。前回と同じやり方では同じ結果しか出ないと思うので、ステージ直前の食事内容を変えたりしました。次は、別の団体の大会に挑戦しようかなと思っています。

ーフィットネスをされているのは、仕事のために体力を付けたり、体のケアをしているという意識でも取り組まれているのでしょうか?

中野)いや、完全に趣味ですね(笑) でも実況の仕事をする際に、選手の筋肉についての話を解説の方とできたので、知識があってよかったと思うこともあります。選手への取材の時に日頃のトレーニングは何をしているか?など、そういう話ができるようになったのは一応仕事に繋がってるところですかね(笑)

「マッスルゲート2024埼玉大会」一般の部同級優勝の経験を持つ
(本人Xより引用)

ーでも、趣味が仕事に活かせるのは一番素晴らしいことですよね(笑)では、実況の話に戻しますが、これまで実況をしてきた中で、最も興奮した試合や感情的になった試合はありますか?

中野)一番感情的というか、プレッシャーを含めて印象に残っているのは、MMAの実況デビュー戦で、Bellatorという団体のセルジオ・ペティス 選手と堀口恭司 選手の試合です。当時、MMAに対する知識はあまりなかったのですが、それでも堀口 選手が日本でどれほどの立場にある選手かは理解していました。そのため、緊張感とともに、日本で一番強いと言われる堀口 選手の、本場アメリカでのベルト獲得を期待するファンの思いも背負ったような責任感も感じていました。試合は、堀口 選手が優勢に進めていたものの、4ラウンド目で1発をもらい、KOで負けてしまいました。一瞬何が起こったのか理解できず、私はただ叫ぶことしかできませんでした。そしてその後のスタジオの静まり返った空気、実況・解説の3人に加え、制作スタッフほぼ全員が言葉を失っていたのが印象に残っています。

ー個人的には、現場の空気感がメディアを通じて伝わるのが好きです。海外の選手と日本の選手が対戦する試合でも、その伝え方や現場の空気感をしっかり伝えることが大切だと思うのですが、いかがでしょうか?

中野)まず前提として、日本語実況付きの番組の視聴者のほとんどは日本の方であり、自然と日本人選手に対する思い入れの方が強くなると思います。とはいえ、実況を行う際には、日本人選手に焦点を当てつつも、対戦相手の海外選手にも触れる必要があると感じています。私自身はどちらか一方だけを偏って取り上げるのではなく、両者をリサーチしたうえで、中立的な立場で、できるだけバランスを取った実況を心掛けたいと思っています。それでも完全に均等な割合(5:5)にするのは不自然な時もあるので、6:4、試合によっては7:3くらいの比率で進行することもあります。

ーそのあたりのバランスは凄く気を遣うところでもあり、さじ加減が難しいですね。

中野)難しいですね。ただ一方で、CS放送の野球中継に関しては少し異なり、中継のほとんどは、どちらのホームゲームかによって放送チャンネルが固定されているため、ホーム側の応援実況の色があったりします。私は北海道日本ハムファイターズのホームゲームの実況を担当していますが、相手チームに対してもリスペクトの気持ちを忘れず、適切に情報を届けることが大切だと考えています。

実況で大切なのはスポーツを楽しむこと

ー軸の置き場所の判断が最初に重要になってきますね。今後、スポーツ実況アナウンサーを目指す若手の方々には、どのようなスキルが求められると思いますか?

中野)一番はスポーツを楽しむこと。そしてスポーツの事を理解すること。この2点がまずは基本だと思います。鼻濁音やイントネーションといったスキルは、私の経験上、後から身につけられるものだと思ってます。

大学時代に話を戻すと、就職活動では局アナを目指してアナウンサー試験を受けていました。その中に原稿を読む試験があったのですが、大学でアナウンス技術について学んでいたこともあり当時から自信を持っていました。ただ、試験を受け続けるうちに、アナウンサーになるには正確に情報を伝える技術が必要なのではないと感じました。もちろん、ニュースでは技術が優先されると思いますが、技術は経験とともにあとからいくらでも向上させることができるので、スポーツアナウンサーとしては、まずはいちファンとしてスポーツを楽しむこと、そしてその競技を理解することが最優先だと思います。

特定の競技の実況をしたいのであれば、その競技の試合を数多く観ると良いです。競技を理解することで、実況する際にどのポイントを伝えるべきかが分かるようになると思います。

インタビュー全編にスポーツ愛が溢れていた

ースポーツ実況を仕事にしたいという方が増えれば、業界全体の底上げにもつながりますよね。中野さんが尊敬している実況の方はどなたですか?

中野)特定のアナウンサーというより、好きな実況があって、競馬の第63回東京優駿(日本ダービー)で三宅正治さんが発した『外から音速の末脚が炸裂する!フサイチコンコルド!!』です。ダービーの雰囲気と、馬名とかけた即興とは思えない言葉。『アナウンサーってすごい!』と初めて意識した実況かもしれません。また、地元大阪のABC朝日放送の小縣裕介さんの声がとても格好良いと思っていました。スポーツ実況ではなく、ラジオの音楽番組をよく聞いていました。

ーこのスポーツと言えばこのアナウンサーという方がいますよね。昔からあったかもしれませんが、実況者にもファンが付く時代だなと感じます。中野さんの今後の目標や、個人的に挑戦したいことはありますか?

中野)ボクシングのメインイベントをより多く担当できればいいですね。また、特定のチームや競技の実況において『中野玄』というイメージをもっと持ってもらえるようにしたいです。例えば、ファイターズの二軍戦はずっと担当させていただいていて、そのおかげで声をかけられることも多くなり、自分のモチベーションにもなっています。特定のチームや競技に長期間キャスティングされるのは、視聴者の反響や人気があってのことだと思います。上手くて反響が良いからこそ生き残っている、つまりイメージも強くなる、ということだと思うので、ゆくゆくは自分もそうなれればいいですね。

ー最後に、お聞きしますが中野さんにとってプロフェッショナルとは何だと思われていますか?

中野)つまらない答えかもしれませんが、理想も込めて、『求められる仕事に対して、常に期待通り、あるいは期待以上のパフォーマンスで応えられること』でしょうか。何が求められているかを理解し、持っている技術を駆使し、たとえミスや不測の事態が起こっても冷静に対処することができる。この人に任せておけば安心、という信頼を勝ち取って、初めてプロフェッショナルとして認められるのだと思います。

ースポーツ実況の中身が知れてとても楽しいインタビューでした。これからの活躍も期待しております!

編集後記:元K-1プロデューサーの中村拓己さんから『スポーツ実況の方へのインタビューは面白そうですけどね!』という一言をいただき、ご紹介を経て今回の中野さんのインタビューが実現しました。個人的にもスポーツ実況の方とお話ししてみたいと思っていましたし、この仕事は私にとっても尊敬する職業の一つです。試合を伝えるだけでなく、時には観戦者の代弁者のような役割も果たしていると感じます。中野さんが、これから日本中の注目を集める試合の実況を担当されることを期待しています!そして、RDXの用品をたくさん使って、フィジークの大会でも是非優勝してください(笑)

(RDX Japan編集部)インタビュアー  上村隆介

中野玄さん所属事務所「ボイスオン」は常に新戦力を募集中。興味のある方はwww.voiceon.co.jp をチェック

中野 玄

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