インタビュー | 2026.2.26 Thu
『怪我への恐怖心なんて、昔からないんですよ』
日本各地で熱狂を巻き起こしている「キング・オブ・ザ・コート(King of the Court)」。
その名古屋予選において、3×3と1on1の「ダブル優勝」という圧倒的な結果を残したバスケットボールプレイヤー、岩倉佑剛 選手。
華やかなシュートや派手なプレーが脚光を浴びるバスケットボールの世界で、彼は「ディフェンス」と「ルーズボールへの執念」、そして「誰よりも走る」という泥臭いハードワークを自身のアイデンティティに掲げる。
今回は劇的な優勝の舞台裏から、一度は競技を離れた過去、そして彼を支えるトレーニング哲学までをお伺いしました。

岩倉 佑剛 (いわくら ゆうご)
生年月日:1997年10月22日
身長:171 cm
出身地: 長野県長野市
経歴:中学でバスケを始めるも、20歳前後で一度競技を離れスノーボードに傾倒。しかし、久々の草大会で感じた「動けない自分への不甲斐なさ」から再起。現在は会社員として勤務しながら、3×3のプロチーム等に所属する。泥臭いディフェンスと圧倒的な運動量を武器に、全国大会出場とさらなる高みを目指す。
「あと1点」の淵から掴んだダブル優勝
―先日行われた「キング・オブ・ザ・コート」名古屋予選でのダブル優勝、本当におめでとうございます。改めて、どんな大会だったのか教えていただけますか。
岩倉)ありがとうございます!「キング・オブ・ザ・コート」は去年から日本で始まったストリートバスケの大会です。メインは3対3(3人制バスケットボール)なんですけど、最終的なゴールはオーストラリアのメルボルンで開催される世界大会に繋がっています。
今年は東京だけじゃなく、名古屋を含めて6都市で予選が行われていて、各都市の優勝チームが、7月に東京で行われる日本代表決定戦に集まるんです。名古屋予選は、スニーカーイベントの会場内にある特設コートで、室内で開催されました。
―大会を振り返ってみてどんな大会でしたか?
岩倉)いや、本当にもう…嬉しいっていう気持ちももちろんですけど、とにかく「危なかった」というのが正直なところです。特に初戦ですね。相手にあと1点取られたら負け、という状況まで追い込まれて。本当に初戦敗退もあり得るくらいの瀬戸際だったんですけど、そこからなんとかまくって、逆転できた。あの初戦を勝ち抜けたのが、とにかくデカかったです。そこで勢いに乗れたからこそ、準決勝、決勝とポンポンポンと勝ち進めたんだと思います。
―さらに1on1でも優勝された。まさに「完全制覇」ですね。
岩倉)3対3のメインの試合の合間に、チーム対抗の1on1もやっていて。そっちでも優勝することができました。「ダブル優勝」という形でしっかり結果を残せた。名古屋代表として東京に行くからには、そこでもしっかり自分の力を証明したいな、と胸を張って言えますね。
―大会当初から戦力的に優勝出来ると思って臨んだ大会だったのでしょうか?
岩倉)本当は4人で出る予定だったんです。でも、大会直前になって1人が怪我をしてしまって、もう1人も諸事情で出られなくなって。最終的に僕と、もう1人最初から約束していたメンバーの2人だけになっちゃったんです。
でも、3人いないと試合にならない。「なんとかしないと」と思って、各地の知り合いのボーラーたちに片っ端から声をかけました。そしたら、1人「出られるよ」と言ってくれた子がいて、なんとか3人で参戦できたんです。結果的にそのメンバーとのバランスがすごく良くて、最高の結果に繋がりました。当日は別の場所でも大きな大会が重なっていたりして、もし日程が違っていたらもっとチーム数が多かったかもしれないですけど、僕としては名古屋代表になれたことがシンプルに嬉しい。東京でも絶対勝って、オーストラリアに行きたいですね。

身長差を「ハードワーク」で埋める
恐怖心のないプレースタイル
―3対3は1on1の連続、個人の能力が非常に問われる競技です。ご自身の強みについてどう分析されていますか。
岩倉)3対3は本当にミスマッチの突き合いというか。身長差があったりスピードの差があったりすると、そこをずっと狙われ続けます。だから一人一人のパフォーマンスが大事です。
僕の一番の強みは、ディフェンスです。相手がドライブでアタックしてきた時に、しっかりコースに入って止める。フィジカルの強さには自負があるので、身体をぶつけてゴールまで行かせない。このディフェンスに関しては、上のレベルの相手でも、たとえ海外の大きな選手が相手でも、止められる自信があります。
あとは怪我をあまり恐れていないと言うか「ルーズボールへの執念」もあると思います。
ボールがラインから出そうになっても、最後まで追いかける。床に飛び込むのも全然怖くないです。人によっては「怪我をするかも」とか「痛い」とか思うのかもしれないですけど、僕はそういう恐怖心、昔からないんですよ(笑)
―「恐怖心がない」というのは、幼少期からの性格ですか?
岩倉)多分そうですね。子供の頃からジャングルジムのてっぺんから飛び降りたりするような遊びが大好きで。怪我をしたらしたでしょうがない、くらいの感覚でした。今もその延長線上というか。自分が飛び込むことで、チームが盛り上がったり勢いが出るなら、擦り傷なんて全然問題ない。そういう泥臭いプレーで貢献したいんです。
―身体能力自体も、子供の頃から高かったのでしょうか。
岩倉)自分では人並みかなと思っていましたけど、学校のスポーツテストとかはいつも「A」でしたし、トップクラスの方にはいました。とにかく身体を動かすのが好きで、学校から帰ったら公園で野球をしたり、サッカーをしたり、鬼ごっこをしたり。バスケに限らず、アクティブな子供でしたね。
一度は離れたバスケ
そして「屈辱」からの再起
―バスケを始めたのはいつ頃ですか?何かきっかけがあったのでしょうか。
岩倉)中学校からです。2つ上の兄がバスケ部に入っていたので、その名残で。そのまま高校まで続けました。
―部活動のバスケの練習は過酷なイメージがありますが、高校時代の練習は厳しかったですか?
岩倉)きつかったですね。特に入部したての1年生の頃なんて、先輩たちが練習している横で「とりあえず外を走ってこい」みたいな(笑) でも、今思えばあの頃の走り込みがあったから、今の体力のベースができたんだなと感じます。根性というか、精神面も鍛えられました。
バスケって、やっぱり「走れてなんぼ」「動いてなんぼ」のスポーツじゃないですか。走り続けられるプレイヤーは、味方にいれば心強いし、相手にしたら一番嫌な存在。今でも「誰よりも動く」ということを大切にしています。

―高校卒業後はバスケとどのように関わっていたのでしょうか。
岩倉)社会人になって1年か2年くらい、全くバスケをしない時期がありました。その頃はスノーボードにめちゃくちゃハマっていて、冬はシーズン40回くらい雪山に通っていました。毎週土日は雪山、みたいな生活です。あまりに楽しくて、大会に出ようかなと考えたこともあったくらいです。

―そこからなぜ、再びバスケの「プロ」を目指すまでになったのでしょうか?
岩倉)5年くらい前ですね。地元に帰った時に、仲間に「草バスケの大会があるから出てよ」と誘われたんです。久々にコートに立ったんですけど、全く動けなかった。シュートは入らないし、すぐに息は切れるし、何より全然自分のプレーが通用しなかった。
それが、とにかく悔しくて、やるせなかったんです。「自分、こんなにできなかったっけ?」という情けなさがすごくて。そこから徐々に「もう一回、本気でやりたい」と思うようになりました。
―その「悔しさ」が、今の熱量の源なのですね。
岩倉)そうですね。そこから真剣に練習を始めて、ここ2〜3年はプロチームに呼んでいただいて試合に出たりしています。華やかな結果を常に出しているわけではないですけど、自分の中での熱量は、この3年くらいが一番高い。苦しいことも多いですけど、成長したいという思いでやっています。
八村塁とも対峙した高校時代
97年世代のトップを肌で知る強み
―学生時代に印象に残っている選手やチームなどありますか?
岩倉)はい、八村選手は同い年の97年世代で、実は高校時代に試合で対戦したこともあるんですよ。
―今はNBAで活躍する八村選手ですが当時はどのような選手でしたか?
岩倉)正直に言うと、当時は「とにかくデカいな」という印象でした。もちろん凄かったですけど、今ほどシュートがバンバン入ったり、スキルが完成されていた感じでは全くなかった気がします。確かバスケも中学から始めたんですよね。今の動きと比べるとだいぶ荒削りだったと思います。そこからアメリカの大学に行って、NBAに行って、あの伸び方は本当に凄い。本場での努力の結果なんだろうなと思います。
―岩倉さん自身、子供の頃に憧れていた選手はいましたか。
岩倉)いえ、それが全然いなかったんですよ。スラムダンクとか漫画は読んでいましたけど、「自分がプロになれる」なんて当時は1ミリも思っていなかった。中高でバスケをやって、それで終わりだろうな、と。だから憧れるというよりは、テレビのニュースで田臥勇太選手を見て「凄いな」と思うくらいでした。
―これまでの競技生活で、特に印象に残っている対戦相手はいますか。
岩倉)去年、5対5の方で、愛知県の実業団チーム「リンタツ」と試合をしたんです。そこは企業のチームで、バスケで就職するような選手もいるような強豪なんですけど対戦してみて、圧倒されましたね。何が凄いって、チームのルールが完全に確立されているんです。コートに出ている5人はもちろん、ベンチから代わって出てくる選手全員が、自分のポジションの役割を完璧に理解して遂行している。「これは敵わないな」と思いました。
―結果はどうだったのですか。
岩倉)ダブルスコアでボロ負けでした(笑) 100対50くらいかな。バスケでダブルスコアがつくと、正直、試合中に「早く終わってくれ」っていう気持ちになっちゃうこともあるんですよ。それくらい力の差を感じました。
やっぱり毎日、高い意識で反復練習を積み重ねているチームは違う。練習の質の差、文化の差を痛感しました。でも、そういう経験があるからこそ、自分のチームでも「声を出すこと」や「プレーで示すこと」を誰よりも意識しなきゃいけないな、と再確認できたんです。
どのチームにいても
「架け橋」でありたい
―岩倉さんは現在、複数のチームに所属されています。活動する上で大切にしている信念はありますか。
岩倉)どのチームにいても、「本気で勝ちたい」という思いは変わりません。練習では誰よりも声を出して、誰よりもプレーで引っ張る。それは絶対です。
あと、自分はまだ下手ですけど、いろんなチームでやっているからこそできることがあると思っていて。例えば、あるチームで学んだ良い練習方法や戦術を、別のチームに共有する。逆にこっちのチームの良い雰囲気をあっちに持っていく。僕が所属しているチームの間で、良い影響を与える「架け橋」のような存在になれたらいいな、と。自分がハブになって、周りのレベルが少しでも上がれば、それが僕の役割なのかなと思っています。

―激しいプレーを支えるための、コンディショニングについても伺わせてください。試合前のルーティンなどはありますか。
岩倉)試合前日は、結構ソワソワして寝付けなかったりすることもあります。当日、会場に着いてしまえば「あとはやるだけだ」と切り替えられるんですけどね。
ルーティンらしいルーティンはないですが、試合の日の朝は必ずお風呂に浸かるか、シャワーを浴びるようにしています。普段、仕事に行く前は浴びないんですけど、試合の日だけはリセットというか、スイッチを入れるために入ります。あとは、毎日ストレッチをすることと、月に一度は必ず整体に行って、身体のメンテナンスをしてもらうことですね。
―食事管理も徹底されているそうですね。
岩倉)平日は基本的に同じメニューです。ご飯と、野菜と、鶏肉のスープ。脂質を摂りすぎると動きにすぐ出るタイプなので、そこは気をつけています。特に試合の前日は油物を極力避けて、和菓子とか、低脂質のものを食べるようにしています。
でも、土日に試合が終わった後は、チームメイトと一緒に好きなものを食べたりしますよ。練習の後にみんなで温泉やサウナに行って、そこでコミュニケーションを取るのが一番のリラックス方法ですね。
ギア選びの基準は「着心地」と「人とかぶらないこと」
―トレーニングウェアやギアを選ぶ際、岩倉選手が最も重視するポイントは何ですか。
岩倉)ウェアだったら着心地、ギアだったら使い心地ですね。どれだけデザインが良くても、着ていて気持ち悪かったり、動きを妨げられたりしたら、パフォーマンスに影響します。そこは絶対に妥協したくない。
その上で、やっぱり「かっこよさ」ですね。人とかぶるのが嫌なんですよ(笑)「それどこの?」と聞かれるのが嬉しいし、みんなが着ていないものを自分が着こなして、それが周りに広がっていく。そういうのが好きなんです。
―岩倉さんは、自分からRDXに連絡を取ってアンバサダーになられました。自らスポンサーやサプライヤーを探して交渉を始めた理由は何だったのでしょうか?
岩倉)スポンサーがついている選手って、単純にかっこいいじゃないですか(笑) でもそれ以上に、スポンサーがいることで責任感が生まれるし、自分のプレーを見てもらえるチャンスが広がる。目標である「全国大会」や「上のリーグ」に近づくための可能性を、少しでも広げたい。今の時代、SNSもあるので、待っているだけじゃなくて自分から動くべきだと思ったんです。
―RDX側としても、バスケットプレイヤーとの接点も持ちたいと思っていましたし、岩倉選手からご連絡を頂いた時は良いご縁を頂いたなと感じました。
岩倉)本当に感謝しかないです。格闘技や野球、サッカーに比べると、バスケ界はまだ少し「閉鎖的」というか、新しいブランドが入っていくのが難しい部分もあると感じます。でも、だからこそ僕のような社会人リーグやプロで活動している選手が、実際に使って「これいいよ」と広めていく価値がある。
今週末も佐賀で試合があるんですけど、チームのカメラマンにRDXのインナーを着ているところを撮ってもらって、インスタとかでどんどん発信していく予定です。消耗品に関しても、毎日ハードに使うので相談させていただきながら、ブランドと一緒に成長していきたいですね。

「バスケは僕の人生」そのもの
―最後になりますが、岩倉選手にとってバスケットボールとは何でしょうか。
岩倉)僕の人生そのもの、ですね。ちょっと格好つけて聞こえるかもしれませんけど、今、バスケがなくなったら仕事に行く気力もなくなっちゃうと思うんです。バスケがあるから今日も頑張ろう、明日も頑張ろうって思える。
朝から夕方まで定時で仕事をして、そこから練習に行く。土日は試合に行く。大変なこともありますけど、これが僕の生きがいです。5対5では全国大会、3対3ではプレミアリーグ参入レベルの選手になって、もっと自分の名前を売っていきたい。知らないチームからもオファーが来るような、そんなプレイヤーを目指して、これからも泥臭く走り続けます。
―これからも思う存分バスケを楽しんでください!本日はありがとうございました。

編集後記:インタビューを通じて強く感じたのは、岩倉選手の「徹底する力」です。やると決めたことに対し、一切の妥協を許さないその姿勢は、日々の食事管理や仕事との両立、そしてコート上での献身的なプレーのすべてに一貫して流れています。RDX初となるバスケットボールアンバサダーとして、彼がこれからどのようなステージでその存在感を示していくのか。その挑戦を、これから楽しみにしております。(RDX Japan編集部)
インタビュアー 上村隆介


