インタビュー | 2024.11.6 Wed.
『アマチュアキックボクシング界は伸びしろしかない』
今回は、アマチュアキックボクシング界について語っていただくため、元K-1プロデューサーで現在はフリーライターおよび解説者として活躍する中村拓己さん、そしてRDXがサプライヤーを務めるアマチュアキックボクシング大会「THE TEMPEST」の代表を務める渡部翔太さんにお話を伺いました。
RDXとして初めての対談インタビューでは、アマチュアキックボクシングの現状や、「THE TEMPEST」の大会の意義、そして大会の今後についてお二人にお話しいただきました。
中村 拓己 (なかむら たくみ)
(写真:左)
生年月日:1981年8月18日
出身地:福岡県久留米市
経歴:格闘技WEBマガジン「GBR」編集部に在籍した後、フリーの格闘技ライターとして活躍。2018年にはK-1プロデューサーに就任、THE MATCH 2022など多くの興行を成功に収める。2023年にはK-1プロデューサーを退任し、現在はフリーでライター、解説業、インタビュアーとして活動している。
渡部 翔太 (わたべ しょうた)
(写真:右)
生年月日:1987年1月3日
出身地:神奈川県
サクシードジム 代表
アマチュアキックボクシング大会『THE TEMPEST』代表
経歴:キックボクシングの名門、チームドラゴンで10代の頃より選手、トレーナーを務め、現在は神奈川県厚木市にあるサクシードジム代表を務めている。2024年9月よりアマチュアキックボクシング大会『THE TEMPEST』の代表を務める。
年々増えるアマチュアの挑戦者たち
ーRDX JAPANがサプライヤーとして参加するアマチュアキックボクシング大会「THE TEMPEST」を主催する渡部さん、そしてK-1プロデューサーを経て現在はスポーツライターや解説者としてご活躍中の中村さんをお招きし、今回はアマチュアキックボクシング界、「THE TEMPEST」の今と未来について対談していただきます。まずは渡部さんに、「THE TEMPEST」とはどのような大会なのかについてご説明いただけますか。
渡部)「THE TEMPEST」は今年の9月8日に第1回大会を迎えたアマチュアキックボクシングの大会です。「ベルトの価値は選手が作る」というコンセプトをもとに、日本一のアマチュア選手を決められるような大会を作りたいと思い企画をしました。アマチュアキックボクシングでは団体・大会数が多いものの、同じ地域の大会に同じ選手が集まってしまうことが多く、本当の日本一がわからないことが課題だと感じていました。そこで、まだ対戦したことのない日本中の選手同士を対戦させる舞台として、「THE TEMPEST」を作りました。ひとまず関東と関西を繋げるべく、中間地点である小田原あたりを主戦場としているのが現状です。もちろん、大森ゴールドジムや新宿FACEといった「聖地」と呼ばれる場所で開催する案もありますが、まずは中間地点で連携を図りたいというのが今の方針です。
ー現状、日本国内で行われているキックボクシングのアマチュア大会は多いのでしょうか?
渡部)他の格闘技系に比べると団体は多く、アマチュア大会も毎週行われているぐらいですね。
中村)アマチュア大会に出場する選手って本当に多くないですか。
渡部)めちゃくちゃ多いですね。
中村)僕がK-1プロデューサー時代も徐々に競技人口は増えていましたが、大会で使用する会場の時間にも限りがあるので、試合を組めず参加をお断りすることもありました。フリーのライターになってから様々なアマチュア大会の関係者と話しても、大会の定員を超える参加者が集まるので、参加希望者をお断りしなければならないほどの人気だと聞いてます。こうして見ると、アマチュア大会へ出場を希望する選手は大幅に増えていると感じますよね。
ー先ほど開催地についてのお話がありましたが、野球の甲子園やラグビーの花園のように「憧れの舞台」を作るのが良いのか、それとも参加者が行きやすい場所を定期的に選んで開催するのが良いのか、このあたりはどのようにお考えですか?
渡部)まず開催場所を決めるうえで地方から出場する選手は交通費や宿泊費の負担が大きいので、そこは課題だと常々思っています。
中村)確かに、プロとは違いアマチュアの場合、参加費用を自費で負担しなければならないという課題があるんですよね。それに朝に計量がある大会の場合、遠方の選手は早朝から移動するか前泊しないと間に合わないから選手の負担が大きくなるんですよね。
渡部)まずそこでフェアではなくなるんですよね。仕方ない部分もありますが課題だと思っています。今後も「THE TEMPEST」の開催拠点は1ヶ所になると思いますが、日本中から参加できるように、2025年6月に「THE TEMPEST」の大会の中でさらに1番を決めるような大会を企画しています。その大会の出場資格としては、他団体のでも良いのでベルトを5本以上、もしくはうちの大会のベルトを持っていることを最低条件とした上位4人から選んだトーナメントを開催予定です。一つ他がやってない施策として、コラボ大会をうちが多く打ち出していて、先日は名古屋のBRIGHTさん、東京で行われたCYCLONE’s CUPという大会にうちのベルトも出して優勝者にベルトを出しました。なので優勝者はベルトを2本もらえるようになっています。そのベルトがあれば6月の全日本大会にも出られるようにして、全国各地に広くチャンスを与えたいと思っています。
中村)タイトルを持っていることが出場資格なのは、新しい試みですね。
渡部)何個タイトルを取ったかにこだわる選手がいるならそこに意味を作ってあげて、今の大会が乱立しているキックボクシング界で頑張る意味を見つけてほしいなと思っています。コンセプトは「ベルトの価値は選手が作る」であって、他団体のチャンピオンも評価したいと思っています。
中村)アマチュアだからこそ出来ることもありますよね。プロの場合、どうしても団体との契約があり、簡単に行き来できない面がありますが、アマチュアは自分で出場費を払えば参加できるし制約が少ないから出たい大会に自由に出られますよね。選手たちが「一番を決める」という意識を持つのは、とても面白い展開だと思います。
K-1時代はアマチュアでも「K-1という競技の中で一番を決める」というコンセプトがある大会でしたが、オープントーナメント形式で他団体のベルトを持っていれば出場できるといった条件も、あまり例がないと思いますし、新鮮で興味深いと思います。
求められるルールの一貫性
ー中村さんはK-1で「100年続くK-1」というコンセプトを元に、アマチュアを底辺・プロを頂点としたピラミッドを構築し、K-1をスポーツとして確立するアマチュア大会を作ってこられました。独自性が強いコンセプトで大会を運営していた印象があります。
渡部)独自の競技として成り立っているK-1では、K-1の大会で勝てば日本一が決まります。ただ、それ以外のキックボクシングやムエタイはどこで一番になれば良いかが曖昧なので、どこのジムからでも参加できることに、「THE TEMPEST」の存在意義があると思っています。
中村)僕達はK-1におけるプロとアマチュアルールを統一することが目標でした。例えばアマチュアで強い子がプロであまり活躍出来なかったり、逆に勝ててなかった子がプロで活躍することってあるんですよね。競技として考えた時にそれでは駄目だと思ったんですよ。やっぱりアマチュアで最強の子がプロでも強くあって欲しいし、アマチュアで凄かった子がプロにいって活躍する方がみんなの見る目も変わりますよね。それを目指して実現するためにはルールを統一する必要があったので、100%オープンにすることはなかなか難しかったですね。なので、僕としてはK-1という競技内での一番をアマチュアで目指していきましょうという考えでした。
ー素朴な疑問なのですが、なぜプロとアマチュアは大会ごとにルールが異なるのでしょうか。
渡部)一番は安全性ですね。安全なルールだと参加しやすいので参加者が多いんですよね。ただ、そうすると逆にプロになった時に大怪我をしたりするので、なるべくルールの差異をなくしていかなくていけないと考えてます。なので、来年の6月の大会ではバックブローなどもありにしたり、ムエタイ部門でも肘パッドをつけて肘ありでやりたいと思っています。それを安全にできる環境を作ってあげるのがアマチュア大会の意義だと思うので、そういう形で行いたいなと思います。出場する子供たちもプロを目指している子が多いので、プロとの差異をなくすべきだと僕は思います。
中村)僕がプロデュースしてきた大会でも、極力身体にダメージが少ないようにプロと採点基準を変えてはいましたが、顔面への攻撃がないと競技が別物に変わると思っています。あと、地域によっても違いがあるなと感じていて関西は顔面あり、関東は顔面なしでやっている選手が多いんですよ。K-1甲子園で関西の子が強いのも、小さい時から顔面ありのルールに慣れているからだと思います。
渡部)減量も地域によって違いますよね。関東では減量する選手がいないけど、東海に行くとしっかり減量していたり。地域差も大会運営に落とし込んでいけた方が良いなと、中村さんとお話をしていて思いました。
ー先ほど中村さんのお話しで、プロとアマチュアでは採点基準を変えていたと仰られていましたが、そうなるとアマチュア大会のレフェリーはとても重要だと思うのですがいかがでしょうか?
渡部)アマチュアの大会において、レフェリーの技術は非常に高度なものが求められます。例えばダウンを取るのが早いのも、ヘッドギアなしで大人の力で殴られたらダウンだよねという判定をしています。
中村)レフェリーは知識の蓄積や経験が出ますね。プロとアマチュアの一番の違いはディフェンスの技術だと思っているんです。そういう意味でもアマチュアの選手の試合におけるレフェリーのストップは、文句を言われるくらい早くてちょうど良いと思います。
渡部)レフェリー業界の若手育成も課題だと思っていて、レフェリーにとってはたかが100試合の内の1試合だとしても、出ている選手からしたら、年に1回の1試合かもしれなくて、その重要度のギャップは強くあります。今考えているのは、プロジャッジの方をメインに大会を回していきますが、若干名だけ育成枠のように研修レフェリーが入ることをしっかりアナウンスした上で、育てていきたいとも思っています。
中村)あとレフェリーになるための方法や手順が明確ではないところも問題ですよね。例えばジャッジの研修として試合の横で判定をつけて、実際の判定と照らし合わせて実習を行えるような組織が増えれば、もっとレフェリーの人数が増えたりするのかなと思います。レフェリーの仕事は大変ですが、引退した方や、プロにはなれなかったけど格闘技に携わっていきたい方は、素養があるかなと思います。しっかりレフェリーの技術を学んだ方たちがやってくれると、みんな安心して選手を出せますしね。
アマチュアでのゴールもひとつの道
ー選手目線でのお話も伺いたいのですが、選手にとってアマチュア大会はどのような場であるべきだとお考えですか?
中村)プロを目指す子たちもいますが、普段ジムで練習している人たちにとっても、試合の場で腕試しをすることが大事だと思いますね。せっかくジムでサンドバッグを蹴ったりミット打ちをしたりしているので、スパーリングの延長として「一度試合に出てみよう」という第一歩を踏み出せる場所があるかないかは大きいです。ジムの会員同士でスパーリングをするのとは全然違うんですよね。ジムを出て、みんなの前で計量をして、全然知らない人と試合をして、そこで勝った負けたの経験は大きな意味を持つと思います。その中からプロを目指す選手も出てきますし、また「THE TEMPEST」さんのようにアマチュアで実績を積んでからプロへ進む選手もいるでしょう。さらに、アマチュア大会でベルトを獲ることで「プロになれるかもしれない」という自信や称号を手にできるのも大きいと思います。
渡部)他のスポーツは基本的に試合に出場することを目指してトレーニングをしていますよね。でも格闘技はそうではない人が多いことを不思議に思っています。技術がなくても、強くなくても、日々の練習の成果を確認するために試しに試合に出るのは大事だと思います。
中村)大会数が多いと、地域やスケジュールが合わなくても別の大会に出られるので、アマチュアがチャレンジするきっかけになる場所としてあったら良いですね。
ー「THE TEMPEST」をはじめ、たくさんのアマチュア大会がありますが、長く継続して愛される大会となるためには、どのような工夫や取り組みが必要だとお考えですか?
中村)プロが上、アマチュアが下とかそういう発想は持たないのが大前提として、主催者やプロモーターがどれだけ情熱を持って大会をやり続けるか、クオリティを上げていくかに目を向ける必要があると思います。どの仕事でも同じように良いところには人が集まるし、駄目なところは人が減っていくので、イベントをする上では絶対必要なことだと感じます。
渡部)おっしゃる通りです。出場者が減って赤字だと続けることはできませんが、お金を第1目標に置くのか、情熱を第1目標に置くのかで違う大会になると思っていて、僕は完全に情熱です。本当に選手を一番大事にしたい。僕も現役だったからわかるのですが、大事にしてくれる団体で出たいなと思うので、そこを目指していきたいです。
中村)あとは、アマチュアだけのプロモーターがもっと増えても良いかなと思いますね。アマチュアの格闘技がもっと発展するためにはアマチュアの大会だけのプロモーターさんがいて、それで食っていける人が出てきた時が本当の成功だと思います。
渡部)実は僕はそれを目指していて、アマチュアの地位を、自分のためだけじゃなくて、日本中の競技者のためにしたいなと思っています。「THE TEMPEST」が大きくなって余裕が出来てきたら、セミプロだけの団体を作って、アマからプロへの架け橋になるようなことをしていきたいんです。
ーそうなってくるとキックボクシング界も変わってきますね。お二方は今後のキックボクシング界の未来をどのように考えておられますか?
中村)僕はアマチュアで完結して辞める人がいても良いと思っています。今はプロになるためにアマチュアで上を目指す選手が99%だと思いますが、もっとアマチュア大会が確立されていけば、例えば、「THE TEMPEST」のベルトを獲って、そこでやめるという目標を持った子が出てきたら、アマチュア大会として確立するなと。
ー高校球児が甲子園を目指し、卒業後に進学や就職を機に野球から離れていくような流れに似ていますよね。
中村)まさしくそうですね。甲子園のように、高校生がプレーするだけの大会が、プロ野球と同様に人気があり、メディアにも取り上げられる独自のコンテンツとして確立しているのはすごいことだと思います。海外ではカレッジスポーツも満員の観客を集め、チケットが売り切れることもありますよね。プロのレギュラーシーズンの試合よりも、アマチュアの最高峰の大会が注目を集めることもあります。たとえばレスリングでは全日本選抜(レスリング選手権大会)に明治さんのような大企業が協賛するように、アマチュアスポーツが確立されれば、キックボクシングも発展するタイミングが来るのではないでしょうか。
渡部)例えばうちの大会では、早期申し込みで出場費割引やRDXさんに協力してもらって景品を出したりという取り組みが外からは画期的だねと言われるのですが、世の中を見渡してみるとそんなことはないと思うんですね。ありがちな早割とかをやってびっくりされるのは、この業界では大会運営するにあたってはブルーオーシャンではないかなと思ってます。
中村)参加者のポイント制も面白いと思っていて、例えばその大会に出場するごとにポイントがもらえて100ポイントたまったら、次回は無料で出場できるとか。そういうこともできますよね。大会を良くするためにはお金が必要だし、お金が集まるとそれだけ注目してくれて参加する人が多いということなので、追及してもらった方が良いですね。
ー他のスポーツではありますが優勝者は次回大会のシード権を獲得出来て無料で出場出来たりするのも良いですよね。
渡部)それは「THE TEMPEST」の一案としてもあって、優勝者は次回大会を無料で招待したりすることで選手のためにできる幅はたくさんあると思います。出場者に対しても、三方良しの体制にすることが大事ですね。
中村)例えば出場する選手に対して販売出来るような、ドリンクやテーピングなど大会出場者にリンクするような商品などを会場で取り扱えると、僕は面白いかなと思っています。
渡部)選手としてもちゃんと回復ができて、良いコンディションで試合に挑めるので良いことしかないですね。
中村)アマチュア大会の一番いいところは、お客さんと演者(出場選手)が分かれていないことじゃないですか。試合に出る人がお客さんってなかなかないことなので。プレーヤーと演者さん、応援に来る人たちが皆同じ目的でその場にいるのはアマチュア大会ぐらいだと思っています。
明確なビジョンで挑む「THE TEMPEST」
ー今日は様々な話をして頂きましたが、中村さんから見て「THE TEMPEST」という大会の印象はいかがでしょうか?
中村)今日お話させてもらって、明確なビジョンを持って大会を大きくしていこうと聞けたのがよかったです。全国から人が集まりやすくするような取り組みをされているとか、選手第一でイベントをされているなと思いました。
渡部)K-1のプロデューサーをされていた方から、そう評価してもらえるのは本当に光栄です。一番を決めるとなったら、社会を作るか、社会に適応するかだと思いますが、僕は社会に適応する方向で上を目指せる環境を整えていきたいと思いますので、これからもご指導いただければ大変ありがたいと思います。
ーそれでは最後に、渡部さんから次回大会の意気込みをお聞かせいただけますか。
渡部)まず、第1回大会はおかげさまで大成功に終わりました。第2回大会でも、まだ対戦したことのない相手とのマッチメイクを組みたいと思っています。そして第2回大会では、第1回大会に出てなかった有名なジムの参加も既に決まっていて、より新たなマッチメイクが生まれて、見ている側としてもわくわくするような大会になっていると思います、第2回大会も第1回大会を超えるような盛り上がりを見せられるように頑張ります。
ー最後に中村さんから「THE TEMPEST」に期待されることを聞かせてください。
中村)なかなかアマチュアをテーマに話をする機会がないので今日は非常に有意義な時間でした。繰り返しになりますが、試合に出るチャンスが多い方が競技人口は増えると思うので、アマチュアの大会はあればあるだけ良いと思っています。そういった中で「THE TEMPEST」さんが目指している大会の形や、普段できない選手たちが戦う舞台、その特色をはっきり出していって、アマチュアだけど見に行ってみようかな、アマチュアだけどすごく人集まっているじゃん、とか、そういう大会に今後発展していってくれたらいいなと思っています。そうなることで業界全体が切磋琢磨して他のアマチュア大会のレベルも上がっていって、どんどんキックボクシング業界が良いものになっていきますよね。なのでそういう大会であってくれることを期待しております。
ー本日は大変興味深いお話を伺うことができました。今日はお忙しい中、ありがとうございました。
元K-1プロデューサー
中村 拓己
THE TEMPEST 代表
渡部 翔太
編集後記:今回は初めての対談形式での取材となりましたが、双方からアマチュアキックボクシング界を盛り上げたいという熱い想いが伝わってきました。対談を通じてアマチュア界の課題も浮き彫りになりましたが、それ以上に日本キックボクシング界の未来には大きな可能性があるとも感じました。そして、THE TEMPESTでの経験を持つ選手たちが、プロの世界はもちろん、さまざまな分野に羽ばたき、この経験を生かしてくれることを期待しています。
(RDX Japan編集部)
インタビュアー 上村隆介