インタビュー | 2023.10.3 Tue
『長野県のボクシング熱を高めたい』
そう語るのはRDX JAPANがサプライヤーを務める長野県にある信州大学ボクシング部、監督 田中 哲貴。
彼はかつて信州大学ボクシング部の部員として活動し、現在は監督として部を率いている。
網膜剥離で現役を引退した後もボクシングの発展に携わる田中監督に信州大学ボクシング部、長野県全体の現在と未来についてお伺いしました。
田中 哲貴(たなか あきたか)
所属:信州大学ボクシング部 監督
長野県ボクシング連盟事務局長
生年月日: 1979年12月4日
出身地: 香川県小豆島
経歴:地元の高校を卒業後、信州大学入学を機に同大学ボクシング部にて競技を開始。大学時代は長野県代表として大会に出場するも、網膜剥離で引退。
社会人となり競技を離れたが、ボクシング部の監督として2019年末に復帰。
現在は信州大学ボクシング部監督のほか、長野県ボクシング連盟事務局長を務める。
ー自己紹介をお願いいたします。
田中)田中哲貴(あきたか)と申します。現在信州大学ボクシング部監督です。香川県の小豆島出身で、長野県の信州大学へ進学と同時にボクシングを始めました。学生時代は選手として活動し、社会人でも競技を続ける予定でいたところ、網膜剥離が発覚して引退しました。
競技を引退したもののボクシング自体はずっと好きで、母校である信州大学のコーチの方がご勇退されるタイミングで、部を存続させるために自分がそこのポストに入り活動させてもらっています。
ーまずはボクシングに興味を持ったきっかけを教えてください。
田中)1994年の、辰吉丈一郎 対 薬師寺保栄の試合です。その頃にボクシングの人気がガッと上がりました。ただ、私の出身の小豆島は、香川本土に行くにも船に乗る必要がある離島ということもあり、周囲のボクシング熱はそこまで高くありませんでした。島の本屋さんに自分のためだけにボクシングマガジンを取り寄せてもらって、当時は本を購入していました。
ーボクシングを始めたいと思ったのはいつ頃でしたか。
田中)高校時代から考えていましたが、始めたいと思っても始められる環境はありませんでした。船に乗って本土に行っても、最終便が夕方の17時までしかない離島に住んでいたので、高校卒業後に島を出た先でできれば良いなと思っていました。
受験で合格した信州大学に進学し、ボクシング部に入部しました。当時はガチンコファイトクラブが流行っていた時で、毎年20人近く入部するのですが、大半は辞めるのでマネージャー含め10数人で活動していました。
ー網膜剥離になって引退をされたとお聞きしました。当時のことをお聞かせ頂けますか。
田中)視界が多少狭まって、飛蚊症のような症状はあったのですが、目の後ろの方だったみたいで自分では気づいていませんでした。眼鏡を作りに行ったときに、どれだけレンズを厚くしても視力が上がらず、病院での診察を勧められ診てもらうと、穴が開いていました。
今では、手術すれば網膜剥離も問題はないと言われているのですが、当時は1回なると駄目で引退せざるを得ず、悔しい思いをしました。
ー現在は信州大学ボクシング部の監督をされています。現在の部員についてお聞かせください。
田中)現在は男性部員のみの10人弱で活動していて、入部する学生の9割が未経験です。意外にもボクシングが好きで入部する人はほぼいなくて、何となく人と違うことをしたい、という学生が多い印象です。練習でスパーリングの段階になると途端に来なくなる学生もいるので、エクササイズ目的の人もいるかもしれません。
蛸足大学なので、2年生になるとなかなか部活に参加することも難しくなるのですが、それでも部に残っている3年生以上になると、ボクシング自体のことをいろいろ学んできているなと感じます。
―未経験の学生を相手に、どのような練習メニューを作っているのでしょうか。
田中)毎年12月に国公立大学だけの、主に大学からボクシングを始めた学生達が出場する大会があるので、まずはそこを目標に、1年生は夏休み後から実戦練習を始めます。日によって異なりますが、基本的には準備運動、アジリティ系のトレーニング、条件マスなどの実戦トレーニング主体で行います。秋頃は週に1回スパーリングも行っています。
アジリティ系のトレーニングではステップを中心にトレーニングを組み、初心者の学生にもファイティングポーズの作り方、左右のステップ、ジャブ・ストレート・左フックの打ち方を教えています。
ー部活動としてボクシングを教える上で困ることはありますか。
田中)体育館で部活を行うため、十分な練習時間を確保できないことです。全員での練習時間内ではできないということを前提として伝え、1度教えたことを自分で練習してもらう自主性に任せるしかありません。1人で練習ができるのはボクシングのメリットですが、自分との戦いなので、練習するか、さぼるかで結局全然違ってきます。
ー未経験の学生も多く入部されるにあたって指導で心がけていることがあれば教えてください。
田中)ボクシングの楽しさを伝えたい、というのが一番です。体の出来上がっている18歳、19歳の学生達が未経験で入部し、爆発的に強くなることはあまりないです。ただ、ボクシングの動きは日常では使わない動きで、基本的にみんな初めて経験することなので、少しずつでもできるようになった、と認識できることは楽しさにつながることだと思います。子供の頃からボクシングを始めた人たちは、出来たとか、できないという感覚がないままに、何となくできるようになっていることがほとんどだと思います。なので、自分で考えられる年ごろになっている学生達に、ゼロから教えることによって、その学生達に「できないことができるようになっていく」ことが嬉しいことなんだよ、というのを伝えられるように意識しています。小さな成功体験を積んでいけば成長につながる、そのために努力をする大切さも伝えていきたいです。
学生たちが初めて触れるボクシングという競技を通して、小さな成功体験を積み重ねながら成長していく。この成長に楽しさを感じてもらいながら、少しでも熱心に、少しでも長く競技活動を続けてもらえることが私のやりがいです。
自分自身もそうでしたが、こういうことが自分は楽しいんだな、と知っていく経験は今後社会人になってからもプラスになると思っています。
ーグローブ等道具を選ぶ際にアドバイスしていることはありますか。
田中)基本的にグローブは部活で買っている物を使っていますが、4年間しっかり取り組みたいという方に関しては、試合で使うグローブがオフィシャルで決まっているので、それと同じものを中心に勧めることが多いです。
ただ、手首を痛めやすい学生には手首をしっかり固定できるようなもの、拳が痛い学生に関してはパッドが厚めのもの、と個人によって変えています。
RDXさんから提供いただいたグローブはパディングが非常にしっかりしており、比較的柔らかいので怪我防止につながると思います。ミットに関しては選手が打ちごたえを感じられる硬さに仕上がっていると思いますので、非常に重宝しそうです。
ー田中さんの学生時代と、今の学生達で変わったなと感じるところはありますか。
田中)ボクシングの競技自体が当時と変わってきているので日々勉強です。20年以上前と比べるとよりスポーツ化しているし、情報を獲得することも容易になっているので、それぞれの情報収集や頭の使い方、というところで差が出ると感じます。
私の現役時代は高価なビデオテープやDVDを購入して勉強するということをしていましたが、今はYoutube等無料でトップボクサーたちの戦いを視聴できる環境にあります。
なのでその分、学生たちがいかに自分で調べ、研究するか、というモチベーションの部分で成長率が大きく異なり、指導者も含めて日々情報をアップデートしていかなければいけないと感じますし、より自ら考えることが大切になっていると思います。
ープロとアマチュア選手の戦い方の違いはありますか。
田中)プロとアマチュアは別競技と思った方が良いくらい異なります。基本的にアマチュアは見栄え良く、タイミングよくパンチを当てることに重きを置いています。それがポイントになるし、ダウンにも繋がっていく競技なので。あとはやはりプロ競技に比べてテンポが非常に早いですね。手も足も頭も、高速で動かさなければついていけません。
ー学生達の成長を感じられる瞬間をお聞かせください。
田中)できなかったことができるようになった時、練習していたことが試合で出せた時に成長を感じます。コツコツやって、自分の体に染み込ませておかないと、試合環境ではできないと思うので。
運動神経の悪い学生が部活を続けて、スパーリング大会でダウンを奪って勝ったことや、最初は打たれると下を向いていた学生が今ではゴリゴリのファイターになっていること等、その学生達にとってすごく困難を乗り越えたことは印象に残りますし、嬉しく感じます。
ー部活動としてどのような大会を目指されるのでしょうか。
田中)一番大きいのは国体です。国体の成年の部では子供の頃から競技に携わっている、ボクシング歴の長い選手と戦わざるを得ないので、勝つことはなかなか難しいです。ただ、やるからには勝利を目指し、いつか全日本選手権にも選手を出場させたいですね。また、国公立の大会では比較的同レベルの選手が出てくるので、そこで一つでも勝たせてあげることが目標です。
ーボクシングを通じて、部員の方に何を得て欲しいですか。
田中)一生懸命やりきったことというのを、学生のうちに作ってほしいです。また、コツコツ努力することの大切さです。ボクシング含め格闘技は、地味なことの積み重ねなので、それをやることによって結果に繋がるという。1個1個コツコツやっている中でも一つ一つのことができるようになっていくという成功体験というものを与えてあげたいと思います。
ー育ち盛りの学生達の減量はどのように指導していますか。
田中)私は減量自体あまりさせない方針です。20歳前後の育ち盛りに無理をさせたくないので、普段の体重のおおよそ5%までと決めています。やはり一人暮らしで食生活は良くないので、普段から練習での動きや体重を確認し、食生活のアドバイスも行います。激しい減量はさせていないですが、その場で体重計に乗せて計り確認はしています。学生の試合では、計測は試合当日の朝に行われ、駄目だったら試合に出られないので、それだけは防ぎたいです。
ーご自身が網膜剝離で引退した経験も踏まえ、怪我との向き合い方についてはどのような指導をされていますか。
田中)どうしても真剣に取り組んでいれば、体を痛めてしまうことは起こりえます。大切なのはそれを放置しないことなので、全員に体調を確認するようにして、怪我をした際の練習メニューも作っています。
ー長野国体を2028年に控えていますが、長野県全体で取り組んでいることがあればお聞かせください。
田中)正直、まだ全然できていないです。長野県では幼い頃からボクシングを始める人は少ないので苦労しています。しかし、2028年に間に合うか間に合わないは別として、長野県のボクシング人口を増やしていく必要があり、来年、全日本マスボクシング選手権大会の第4回大会を長野県で開催するので、それを一つのきっかけに出来ればと思っています。2028年の国体に向けて、特に今の中学生以下の学生達の競技人口を増やせるような施策をして、という感じです。また、ジム同士の横の繋がりを強化し、長野県全体を強化するために月に1度、県の合同練習会を開催しています。
ー長野でボクシングがなかなか活性化されない要因はあるのでしょうか。
田中)長野県は広くて県内へのアクセスがすごく悪い上に、ジム自体もすごく少ないので難しいです。ジムの近所の人しか集められないのも問題です。中・高校生の選手があまりいない状態なので、まずボクシングがスポーツをする上での選択肢の中に入るように、広める活動をしていかないといけないですね。
ー最後に、信州大学のボクシング部、そして長野ボクシング連盟としての目標をお聞かせください。
田中)信州大学のボクシング部としては、いつか全日本の舞台に立つことです。大学という短い期間の中では不可能でも、卒業後も競技を真剣に続けてくれていれば可能だと思っています。長野県全体としては、まず県が一丸となってボクシング競技に取り組むこと。そして強豪と言われるようになりたいです。そのためにはボクシングを広めることが重要だと思うので、そのような活動をしていきたいと思います。
ー本日はありがとうございました。信州大学ボクシング部、長野ボクシング連盟の発展を願っております。