GLORY BEYOND DREAMS 阿部大治選手インタビュー

インタビュー | 2024.2.2 Fri

将来を考えた時にやりたいのは格闘技だと思った

彼はUFC、One Championship、RIZINと大きな舞台で戦っている
総合格闘家、阿部大治 選手。

学生時代はインターハイ男子柔道90kg級で優勝を成し遂げ、
オリンピック出場も視野に納めていました。

しかしその背景には様々な出来事がありました。

大怪我を治すために5回に及ぶ大手術。

UFCでの戦い後の大スランプ。

あまり語られていなかった阿部選手の背景、そして
2月24日に開催されるRIZIN LANDMARK8 in SAGAへの想いなどについて皆様にお伝えします。

阿部大治(あべだいち)

所属:フリー
生年月日:1991年11月27日
身長: 180㎝
出身地: 新潟県柏崎市
経歴:
第10代DEEPウェルター級王者
第11代ウェルター級キング・オブ・パンクラシスト
元J-NETWORKライトヘビー級王者

RIZIN LANDMARK8 in SAGAに向けて
コンディションは良好

―2月24日にRIZIN LANDMARK8 in SAGAでの試合が決定しています。現在のコンディションはいかがでしょうか。

阿部)試合までもうあと残り数週間なので、ばっちり仕上がってきていますね。RIZINの開幕戦が2月24日からスタートなので、ばちっと見せたいなって思っています。

―前回の試合から7か月ぐらい空いていますよね。

阿部)ちょっと怪我をして膝痛めちゃって。それで少し空いた部分はありますが、その分、練習に集中できたと思います。

―この7か月どのような心境で過ごされていましたか。

阿部)戦いたかったですね。やっぱり試合があるとモチベーションも変わってくるし。だから周りを見ると羨ましく思ったりもしました。だからこそ、「もっと強くなってやろう」という気持ちで、練習に取り組んでいる部分もありました。

柔道が楽しくて仕方なかった

―阿部選手の生まれは新潟県の柏崎市ということですが、どのような街でしょうか。

阿部)海と山しかないようなところです。いい町ですよ。夏はもう毎日のように海で遊んでいたぐらい、海が身近にありました。

―子供の頃は結構アクティブでしたか。

阿部)朝から晩まで遊んで、めちゃくちゃアクティブでした。外でみんなでサッカーやったりしていましたね。

―柔道を始めたきっかけについて教えてください。

阿部)柔道は親に勧められて入りました。ちょっとやんちゃだったので、半ば更生させられるような形ですね。

―柔道を始めてから、私生活に影響は出始めましたか。

阿部)めちゃくちゃ柔道が楽しくなっちゃって、ひたすら毎日練習していました。1ヶ月に1回ぐらいは大会出て。優勝するとすごい喜びあって、負けたら悔しくて泣いて、また練習して、の繰り返しでしたね。

中学に入ってからも新潟県で1番取って、全中も出ているんですよ。ただ全中出る前に右手首を骨折し、ベスト16で終わってしまいました。

ちょうど僕の代に新潟で国体があったんです。一つの市に選手が集められて、強化していくというのがあって。僕は中学3年生の時に転校して、高校の先輩の家に下宿しながら暮らしていました。

―柔道は礼儀作法が厳しいと思いますが、性格にも良い変化はありましたか。

阿部)そうですね。柔道には「礼に始まって礼に終わる」という言葉があって、礼儀は大事にしていました。 いい子になったと思います(笑)。

自分の心に正直に従い、格闘技の道へ

―高校は豊栄高校に通われていたとのことですが、高校時代の思い出はありますか。

阿部)高校のインターハイで優勝して、ジュニアのフランス国際に出たときに、初めて海外に行ったのがすごい楽しかったなって記憶があります。自分が海外に出るとか、飛行機に乗って遠くへ行くことがあまりなかったので、すごく新鮮でした。

―インターハイで優勝したのは、新潟県で初の快挙だったんですよね。周りの反響はどうでしたか。

阿部)やっぱりすごかったですね。大学から多分15、6校からスカウト来て。このまま大学行ってオリンピックに行くんだ!と考えていました。周りからはちやほやされたってこともあったんですけど。

ただ推薦入学の面接まで終わって、いざ大学に行くってときに「俺のやりたいことってこれかな」ってふと思ったんです。 

高校の寮でみんなで集まって見てるのって格闘技だった。K-1とかPRIDEとか。テレビを見ながら面白いなって。それで「やっぱり格闘技がやりたい」という気持ちがあったので、柔道の方の大学を蹴って、格闘技を選びました。

―最初は総合格闘技ではなく、キックボクシングをされたんですね。

阿部)その頃はK-1がまだあったんですよね。家の近くにキックボクシングのジムがあったので、とりあえずここに入ろうと決めて、1年後にプロデビューしました。

―最初はヘビー級で戦っていましたが、どのような理由があったのでしょうか。

阿部)最初、減量がよく分からなくて(笑) だからとりあえず階級はこのままでいいやと思ったら、70キロ以上の階級がなかったから、ヘビー級しかないなって。

―柔道からキックボクシングに転向をして難しさを感じたりはしましたか。

阿部)最初はやりづらかったです。パンチやキックを打ったりするのに、柔道って引く動作が多かったりするので、伸ばす動作はあまりないんですよ。その難しさもあったんですけど。

でもコツさえ掴んでしまえば多分人間って一気に爆発すると思うんです。その感覚を掴んだから、意外とすぐに覚えられました。

―当時は格闘技に転向することで、柔道ほどのキャリアが積めないかもしれないという不安はありませんでしたか。

阿部)不安はありましたけど、あいつ落ちぶれたなって言われたこともあったので、絶対全部見返してやろうと思っていました。あんまり気にしないタイプなのでプラスに考えて、自分が行けるとこまで行きたいくらいの気持ちでしたね。

1年で5度の大手術、死ぬ物狂いで復活した

―2011年のプロデビュー戦は覚えてますか。

阿部)あんまり覚えていないですけど、そのデビュー戦で勝ってやっとスタートに立てたなと思いました。

―2014年にはJ-NETWORK初代ライトヘビー級王者に輝きました。その後、総合格闘技に転向したのは次のステップのキックボクシングの大会が当時は日本になかったからと聞きました。

阿部)それもありますし、柔道をやっていたし打撃もできるようになったから、総合にもチャレンジしてみたいなって気持ちもありました。

―2015年4月に総合格闘家としてデビューを控えていたが、練習中に足を怪我をされたんですね。

阿部)手術をしてもなかなか治らず、復帰するまで1年かかりました。 8時間くらいの手術を5回くらいして。「このまま治らないんじゃないか。」と思ったこともあります。

―その1年後の2016年4月についに総合格闘家としてプロデビュー。 5回も手術をして1年で戦えるまで体を戻したのは、脅威的な回復力ですよね。

阿部)死ぬ物狂いで復活したいという気持ちがあったのを覚えています。このままじゃ終われないなと。東京出てきて、しっかり結果を残して自分の強さを証明していきたいなという気持ちで乗り越えました。

―復帰戦ではどういった感情が出てきましたか。

阿部)アドレナリンやばかったでしょうね。応援してくれる人がすごく多かったので、みんなで喜び合えるのもめっちゃいいなって思いました。全然、自分が知らない人が自分のことのように喜んでくれるって、本当に嬉しいんです。

とにかく上に行きたい、勝利に飢えていた

―2017年2月にパンクラス史上最速記録でデビュー4戦目で王座獲得。 勝ち続けることができた理由を教えてください。

阿部)勝利に飢えてました(笑)。もうとにかく上に行きたいという気持ちが大きかったです。

三浦選手とのタイトルマッチは、前評価で三浦選手の方が強いと言われてたんで、ギャフンと言わせてやろうという気持ちが1番ありました。

―パンクラスで王者獲得後にUFCと契約となり、初戦は勝利を納めましたが、その後に連敗したことで残念ながらリリースとなりました。この経験を今はどのように感じていますか。

阿部)自分の悪かった部分、もっとこうすればよかったという部分もあります。ずっとUFCに出てる人たちはレベルが違うなって感じました。エンタメ性も求められるので、もっと面白い試合をしないといけないなと。

―その後はOne Championshipにも出場。世界の舞台を経験したことは、阿部選手の中でどのように生きていますか。

阿部)その経験だけではないですが、今よりもっと強くなりたいという気持ちが大きくなりました。2024年はもう1回トップを取りたいですね。

―ONEとの契約終了後、日本でもう一度やり直そうという気持ちだったかと思います。2021年にはDEEPウェルター級暫定王者になりました。日本で戦うことに対しての気持ちの切り替えはどうでしたか。

阿部)実はUFCの後半からスランプ状態になっちゃった部分もあって。負け越した時期があったことで、どうしたらいいか悩んでいたタイミングで日本に帰ってきました。

自分が強いと思っていないと、格闘技はできないと思っているんです。やっぱり勝つと自信がつくじゃないですか。それでまた練習して強くなって、また勝って自信ついて。常に挑戦しながら自信をつけていくという繰り返しですね。

勝利の瞬間のアドレナリンがたまらない

―サッカーは年間30、40試合、試合数が少ないと言われるアメフトでもリーグ戦だけで年間17試合あります。それに比べて格闘技は年間3、4試合ほどです。その試合で負け越しすれば、リリースの可能性もある。1戦の重みがすごく大きいスポーツですよね。

阿部)格闘技の1勝はとても大きいです。勝てば天国、負ければ地獄みたいなところがありますね。3か月、4か月調整して1試合なので、調整期間も長いです。

―大きな怪我なども経験しています、危険な目にあってまでも挑戦できる理由を教えてください。

阿部)子供の頃ってみんな仮面ライダーとか、ヒーローとか、強いものに憧れるじゃないですか。その延長じゃないですか。ずっと今でも強くなることを追求してきた。負けたくないというプライドだったり、勝利の喜びとかリングに上がってる瞬間のアドレナリンがたまらなかったり。

―2021年にはRIZINに初参戦しましたが、大会の雰囲気はどうでしたか。

阿部)雰囲気はすごくいいですよ。やっぱりお客さんの盛り上がりもすごいですし。入場も華があって。一般のお客さんが見てても楽しいと思いますね。

―RDXの商品をお使い頂いてますが、使い心地はいかがでしょうか。

阿部)めちゃくちゃいいです。特にサウナスーツは汗ががっつり出るので減量の時に使わせて頂いてます。

―今後の目標をお聞かせください。

阿部)先のこと見ててもしょうがないので、まずは次の試合でぶっ倒して。 そこから新しいことの発言をしたいなって思っています。

―最後にお聞きします。阿部選手にとってプロとは何でしょうか。

阿部)プロとは…。難しい質問ですね。プロとは、生き方と美学ですかね。

―ありがとうございました。これからの活躍も楽しみにしています。頑張ってください。

編集後記:元々、RDXのグローブを使っていただいていたことから、シビサイ頌真選手の紹介で阿部選手との出会いが実現しました。実際のインタビューでは、阿部選手の率直な性格が垣間見え、裏表がなく、はっきりとした印象を受けました。また、リング上での阿部選手のアドレナリン全開の姿を見ることが楽しみです!
(RDX Japan編集部)
インタビュアー  上村隆介

阿部 大治

RDX sports japanは
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